2007年09月11日
東京ディズニーランド
皆様ご存知だとは思いますが東京ディズニーランドは千葉にあります。それにも関わらず千葉ディズニーランドにしなかったのはなぜと思う人は多々いると思います。それはそれとして今日はそんな東京ディズニーランドについて解説します。
東京ディズニーランド®(とうきょうディズニーランド、Tokyo Disneyland® :略称 TDL )は、東京ディズニーシーなどと共に東京ディズニーリゾートを形成するディズニーパークであり、。大阪のユニバーサルスタジオジャパンと並び、日本の2大テーマパークのうちの一つとして人気がある。 施設の名称には「東京」とあるが、実際に所在するのは東京都と旧江戸川を挟んだ千葉県浦安市である。海外にある他のディズニーパークと違い、誘致当時の経緯(後述)から東京ディズニーシーと共に唯一ディズニーグループの直営ではなく、オリエンタルランドがライセンス方式で運営する。2006年現在、年間来客数1700万人、売上高世界一のテーマパークである。
■建設時の概要
建設計画当時、ウォルト・ディズニープロダクションズ(当時、以下「ディズニー」)は、EPCOT Center(フロリダ州オーランド)の設計・建設のまっただ中で初の海外投資には消極的であり、リスクを軽減するために、同社日本法人による直接経営を避けた。そのため朝日土地興業(当時、後に三井不動産に吸収合併)、京成電鉄、三井不動産が主要株主である株式会社オリエンタルランドがディズニーとのライセンス契約のもと施設を所有運営し、ディズニー側がパークの設計をすると共に版権および運営の指導・クオリティー管理を行い、そのすべての費用をオリエンタルランドが負担するという方式をとった。1984年にディズニーは企業買収騒動の末、経営陣が入れ替わるなどの「お家騒動」があったが、オリエンタルランドとのこの方式は細かな見直しをのぞけば現在までほぼ一貫して同じである。 2006年現在、一番新しい香港ディズニーランド・リゾートを含め世界で5つあるディズニーのテーマリゾートのうち、リゾートの運営会社にディズニーが全く出資していないのは東京ディズニーランドのある東京ディズニーリゾートを運営しているオリエンタルランドだけである。
ディズニーテーマパークの設計を行う専門組織であるWED Enterprises(現 Walt Disney Imagineering)は当時その多くのリソースをEPCOT Center (現 Epcot )に投入していたため東京ディズニーランドのオープン当初のパーク施設のデザインはそのほとんどが米国に既に存在した二つのディズニーテーマパークからの複製であった。 特にフロリダ州オーランドのウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート内にあるマジック・キングダム・パークから多くの影響を受けており、世界に4つある「ディズニーランド」と名の付くテーマパークのうち、東京以外はすべて「眠れる森の美女の城」をランドマークにしているが、東京では「ディズニー・ワールド」のマジック・キングダム・パークと同じ「シンデレラ城」をランドマークとしている。
TDLの建設時、ディズニー側にあったアトラクション等の設計図面は現場での度重なる変更を完全には反映しておらず、米国のパークに現存する施設との不一致が多数確認された。より米国のオリジナルのパークに忠実な施設を日本に再現するため、日本側のスタッフが何度も米国に赴いて実測図を作成し、それを基に新たな設計図面が起こされた。
それらの図面類は日本の建築基準法やディズニーの機密保持等の関係もあり、TDL内にある「ドキュメントセンター」と呼ばれる部署で集中管理され、施設改修時には随時最新版に差し替えられる。「ここの図面があればTDLをもう一つ作ることができる」と言われるようにすべての図面類を保管している。なお、ディズニーのテーマパークでこのような形で図面を管理するようになったのはTDLが初めてである。
■沿革
1980年12月3日 起工式、土木・植栽工事が開始
1981年
4月 建設工事が開始、浦安町が「浦安市」に(市制施行)
10月 参加企業15社が決定
1982年
4月 アトラクション据え付け工事が開始
9月 シンデレラ城最先端の塔の据え付けが完了
11月 オープニング・デイト記者発表会挙行、初代「東京ディズニーランド・アンバサダー」に寺崎八重子が就任
1983年
1月 キャスト(従業員)研修が開始
3月18日 竣工式、プレビューが開始
4月12日・13日 浦安市民デー開催(全浦安市民を無料招待)
4月15日 アメリカ国外では初となる「ディズニー・テーマパーク」、「東京ディズニーランド」が開園
5月23日 100万人目のゲスト(来園客)が来園
9月5日 500万人目のゲストが来園。ウォルト・ディズニー・プロダクションよりシンデレラの噴水が寄贈
1984年
2月6日 「1983年 日経・年間優秀製品賞」最優秀賞のうち、「日本経済新聞社賞」を受賞
4月2日 1,000万人目のゲストが来園
4月15日 プラザテラスに開園記念碑を設置
1985年
1月17日 「マジック・ジャーニー」オープン(1986年12月クローズ)
4月26日 新東京国際空港(現在の成田国際空港)間直通バスの運行を開始
1986年
3月8日 「アリスのティーパーティー」オープン
5月17日 「アメリカン・ジャーニー・サークルビジョン360」オープン(「マジックカーペット世界一周」フィルム交換)(1992年8月クローズ)
7月11日 「シンデレラ城ミステリーツアー」オープン(2006年4月5日クローズ)
1987年
3月20日 「キャプテンEO」オープン(「マジック・ジャーニー」フィルム交換)(1996年9月1日クローズ)
7月4日 「ビッグサンダー・マウンテン」オープン
1988年
4月15日 開園5周年、「ショーベース2000」オープン(2000年7月19日に「ショーベース」に名称変更)
6月2日 5,555万5,555人目のゲストが来園
12月1日 JR京葉線舞浜駅が開業、東京ディズニーランド・ギフトカードの販売を開始
1989年
7月12日 「スター・ツアーズ」オープン
12月25日 7,777万7,777人目のゲストが来園
1990年
2月19日 「東京ディズニーランド・ティーチャーセンター」オープン
1991年
5月29日 1億人目のゲストが来園
1992年
10月1日 「クリッターカントリー」、「スプラッシュ・マウンテン」オープン
1993年
4月15日 開園10周年、「ビジョナリアム」オープン(2002年9月1日クローズ)
7月21日 「スイスファミリー・ツリーハウス」オープン
1996年
4月15日 「トゥーンタウン」一般公開
1997年
4月15日 「ミクロアドベンチャー!」オープン
7月25日 2億人目のゲストが来園
1998年
4月15日 開園15周年
11月3日 「スカイウェイ」運営終了
1999年
4月1日 駐車場料金改定(普通車:1,500円→1,700円に値上げ)
2000年
1月1日 オリエンタルランドが「リゾート宣言」を発表、「東京ディズニーリゾート」が正式にスタート、初代「東京ディズニーリゾート・アンバサダー」が就任
9月1日 「プーさんのハニーハント」オープン、パスポート料金(入園料)改定
2001年
2月21日 駐車場料金改定(普通車:1,700円→2,000円に値上げ)
4月1日 入園券、アトラクション券が廃止。
2002年
6月30日 「ミート・ザ・ワールド」クローズ
11月8日 東京ディズニーランド、東京ディズニーシー合わせて3億人目のゲストが来園(3億人目のゲストは東京ディズニーシーへ来園)
2003年
4月15日 開園20周年
2004年
4月15日 「バズ・ライトイヤーのアストロブラスター」オープン
2006年
5月9日 オリエンタルランドが「東京ディズニーランド」と「東京ディズニーシー」のパスポート料金(入園料)を一部改定すると発表
4月5日 「シンデレラ城ミステリーツアー」クローズ
9月1日 パスポート料金改定。(詳細については、東京ディズニーリゾートのパスポートを参照のこと。)
10月6日 トゥーンタウン・ベビーセンターがオープン。
10月27日 立体駐車場がオープン。
11月1日 東京ディズニーランド、東京ディズニーシー合わせて4億人目のゲストが来園(4億人目のゲストは東京ディズニーシーへ来園)
2007年
4月28日 「スペース・マウンテン」リニューアル・オープン
7月20日 「カリブの海賊」(PIRATES of the CARIBBEAN THE ATTRACTION)リニューアル・オープン
今でも初めてディズニーランドに行った事を覚えてます。
その当時の私にとってはまさに夢の国でした。
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